ぴっぴ家 汐風食堂


ぴっぴ家 汐風食堂

食堂


「何もできなかったからこそ、
これからの人生をつくしたい」


インタビュー先:
一般社団法人三陸ポラーノ広場 代表理事 汐風食堂(責任者)森谷陽樹さん

    電話番号:0192-53-2701
    営業時間:9:00~19:00
    定休日 :火曜日


■ぴっぴ家と讃岐うどん
 汐風食堂は讃岐うどんを中心に様々なメニューを提供している。うどんは、うどん県とも言われる香川から支援をもらい、製麺を瞬間冷凍し出し汁と共に岩手に持ってくることで、香川から遠く離れている岩手でも本場の味を楽しんでもらえるようこだわっている。森谷さん自身も、香川へ行き現地のうどんの良さや文化を学んできた。お店の名前の「ぴっぴ」は香川の幼児言葉で「うどん」を意味しており、お店の名前からもうどんへのこだわりが伺える。
 えび天やかき揚げなどのトッピングのバリエーションの豊富さはもちろん、蕎麦やラーメン。牛丼やカレーなど多くの世代に愛されるメニューが楽しめるお店である。

 バリエーション豊富なメニュー

■沿岸ならではのラーメン
うどんをメインに料理を提供している汐風食堂だが、お店の一押しには「汐風ラーメン」を置いている。いりこ出し汁と香川のうどん出し汁を合わせたものをベースに、トッピングにわかめ・ふのり・タコつみれ・ホタテを使用している、沿岸ならではの海鮮を用いたラーメンである。
現在、アバッセに移転したことをきっかけに、外から来た方に是非食べてほしい汐風食堂ならではの新作メニューを考案中。詳細は未定だが、それについて話す森谷さんの表情はとても輝いていて今後の発表がとても楽しみだ。  

■何もできなかったからこそ、見届けたい
麺類以外にも様々な料理が 
汐風食堂の森谷さんは震災前、盛岡に住み給食業務の会社で学校や社員食堂のご飯を提供する仕事をしていた。陸前高田市の隣町である住田町出身の森谷さんは、兄に頼まれた支援物資を持って2011年の5月に陸前高田に入る。いずれ盛岡に戻るつもりで支援を開始した。震災発生後一か月はテレビを見て泣くことしかできず。何もできなかった自分に負い目を感じ、だからこそこれからの人生を尽くしていきたいと思った。「自分は陸前高田と関係がない人間だが沿岸地域の復興を見届けることを、これから生きていく上での目標にして頑張りたい」と森谷さんは語った。

 森谷さん


■いつしか陸前高田に身を置くように
竹駒食堂で始めた”讃岐うどん”

 陸前高田と盛岡を行き来しているうちに、陸前高田のドライビングスクールに食堂の仕事の空きがあることを紹介された森谷さんは、二つ返事でそれを承諾し、単身で陸前高田に移住。ドライビングスクールの管理人室で寝泊まりをしながら支援と仕事を始める。その後、縁があり竹駒地区にて「竹駒食堂」に関わり持つようになった。ぴっぴ家は元は竹駒食堂の一角で営業し、アバッセ開店に伴い独立をした。森谷さんは、現在も管理人室に住みながら沿岸地域を中心に仕事をし、日々多くの人と共に復興に力を注いでいる。もともと、ある程度の支援ができたら盛岡へ戻るつもりだった森谷さん、気が付いたら陸前高田に住まいを移していた。予想外だったと語った森谷さん。そんな状況をつくってしまえるほど陸前高田市は素晴らしい場所なのかもしれない。

汐風食堂を通して仲間になれた気がする
 その後アバッセにお店を構えることになった森谷さんは、汐風食堂を通して陸前高田の仲間になれたと感じた。他の店も繁盛して欲しい、まちが賑やかになって欲しいと思っている。個人的には、外部から県外から来られる人への取組が大切だと思っている。森谷さんは昔、バックパッカーをしていたが、町に着くとまず荷物を下ろしてゆっくりし、情報を得てから町を歩いた。アバッセがそういう場所になって欲しいと森谷さんは思っている。


■真っ白だったところに少しずつ色が付き始めた

 「もし、少しでも陸前高田に興味を持ってもらえたのなら、甚大な被害を受けたところに復興した街を人々に見て欲しい。まったく新しく街をつくるというのは、日本で初めてのことではないか。真っ白なところに色んなことができたはずだから、何度も訪れてその成長を見てほしい」と語った。

汐風食堂は子供から大人まで毎日多くの人が訪れて、気軽に食事を楽しんでいる。現在考案中の新作メニューもそんな成長の手助けになるのではないだろうか。森谷さんの愛する陸前高田に多くの人が訪れる日も近いのかもしれない。





インタビュアー:
岩手大学 学生 M.K
インタビュー実施日:2017/11/5

 岩手の内陸出身です。初めて陸前高田の町を自分の足で歩いて、見て、聞いて。ここに住む人たちは本当に自分の故郷や共に住む仲間を愛しているのだなと感じました。森谷さんと同様に、沿岸地域の魅力に引き込まれてしまいそうです。今後も訪れてもっと私が知らない世界を知り、多くの人とじっくり話して仲間になりたいなと強く思いました。